Love’s diary

偏愛、寵愛、やっぱり最愛。

誰が言ったか、ではなく、何を言ったか

人はバイアスの沼から逃れることはできない。

 

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バイアスってあまり耳慣れない言葉ですが、聞いたことはあると思います。

では、バイアスってなんでしょう?

 

こんにちは。

今日は序盤はバスケに関係ない話です。

よろしければお付き合いください。

 

バイアスは、「偏り」と訳してしまえば短いですが、色々あるみたいです。(詳しく読みたい方はこちら http://www.pojihiguma.com/entry/bias-mean から) 小難しいので読まなくても大丈夫。

 

さて、人は自分の意思で自分の意見を述べていますが、それには様々なものに左右されています。人にはそれぞれの経験と人生から得たものがありますから、それら全てを取り除いていくことは、実質不可能です。

 

ご挨拶が遅れました。ゆりあです。

今日は何が言いたいか不明瞭な話になりますが、どうしても書きたくなったので続けます。

 

バイアスのことを調べると、どうしても「判断の誤り」だとか「誤認知」だとか、「まちがい」の話になります。たとえば、

 

【近所のスーパーで卵が198円だったが、車で30分のスーパーでは卵が148円だったので超お得だった】

みたいな話。あとは、

【多くの人が賛同しているから信じたけれど、それはフェイクニュースだった】

とか。先入観で人間は簡単に騙されるものという話。

 

ああそんなこともありますね、と思ってきたでしょうか。

 

卵の話は計算すれば誤りなのはすぐに分かります。ニュースも調べれば、それ自体が嘘だと分かります。

 

思い込みによって人はすぐに誤解します。それが完全なる誤りでなくても、です。

 

こんな場合はどうでしょう。

 

【服装のきちんとした人と、いつもカジュアルな服装の人がいる。どちらかが遅刻をした。さて、どっちの人だと思う?】

 

わざと分かりやすく書きました。もちろんこれだけの情報だと、どちらが遅刻したのかは分かるわけありません。でも、どちらかに味方したくなりませんか?

 

今回はそういう話です。

 

ここでバスケの話にします。

【元選手がニュースで今の学生のボールは小さい。と言った。かたや一介の市民が今のボールは中学生から大人と同じ大きさだ、と言った。】

 

多くの人に伝わり、信じられるのはどちらでしょうか。

 

条件が不利だ、とお思いかもしれませんが、事実は現在の使用球は中学生から女性は6号球、男性は7号球と、成人規格と同じ使用球となっています。

 

前述したリンクにバイアスへの所感が述べてあるので引用します。

 

引用ここから***

 

その人が生きてきた経験や思考パターンはすべて違うわけですから、何かしらのマスクは間違いなくかかります。 ですので、これらを無くそうと努力することは徒労、余計な心的負荷になってしまう危険性があります。

 

理想は「今、バイアスがかかっているのではないか」という自覚を持つことです。

 

場面場面ではバイアスによる正常な判断を失してしまうことも必然ですが、肝心なのはそれを検証してバイアスを取り除き、次に起こりうる事態に直面した際は、現在よりもできるかぎりバイアスの少ない、的確に事象を捉える思考を持てるようになること

 

***引用終わり。

 

この世の中にはたくさんの情報が溢れています。全てには誰かしらの意向が含まれていて、完全なる的確さは実現しません。私のこの文章もまた、一種の偏りから発言されるものです。

 

人は何を信じればいいのでしょう。

 

話をタイムリーな話題に。

 

【元選手と選手が誤審に対して徹底的に揶揄した。単なるファンが誤審はあったが抗議の方法は他にもあると述べた。】

 

この場合、誤審に対して取るべき対応として、今後の発展も考えて相応しい行動はどちらになるのでしょう。

 

意見の分かれるところだと思いますし、言論自体は自由を保証されているので、呟くことは各自の自由です。人間には感情がありますから、吐露する自由も、冷静になり得ない事情もあります。

 

誤審は基本あってはならないことです。ただ、バスケットの試合では、瞬時の判断で間違いをゼロにすることが現状難しくもあります。もちろん、少なくしていく方法を模索する必要もあります。

 

私が言いたいのは、立場やその場の感情で、脊髄反射的にただ賛同することへの危うさです。

 

また、こんな場合について、どう思いますか。

 

【昔から熱烈にA選手を贔屓にしている女性がA選手の◯◯に対する良さを述べた。】

よくある光景です。◯は何でもいいと思います。例えばディフェンス、など。そして、

【数々のチームを観たバスケ経験者の男性がA選手の◯◯の良さを述べた。】

これもよくある光景です。

 

A選手の評価が上がったのはどの時点でしょう。

 

人間はその頭の中にある色々なものから自身の反応を引き出します。

 

何を言ったか、ではなく、誰が言ったか。

 

評価とはそんなものだ、と諦めることはできます。ただ、この世に生きる人間は全員、ただの人間です。

 

Bリーグはテレビ放送に値しないと関係者は思っている】

【観戦者はテレビ放送でも観られる時代を切実に望んでいる】

 

どちらを信じますか、いえ、信じさせますか。

 

人は誰でも、一種の偏りからの判断からは逃れることができません。

 

しかし、人間は思考する生き物であるからこそ

 

誰が言ったか、ではなく、何を言ったか

 

を、読めることのできる有機物であると思います。

 

 

2018.03

 

Bird in the cage

恋愛なんぞからすっかり遠のいて、馬鹿馬鹿しくすら感じられる年齢になりました。そういった感情に振り回される体力がないのか、もしくは経験からそれに飽きたのか、付随してくるごたごたを楽しめるには擦れてしまっているのかは、わかりませんが。

 

まあそもそも既婚だろと。配偶者へは愛というより家族だものね…。

 

でも、それは案外悪いものでもなくて、そういった感情から離れたことで、ただ憧れたり、ただ慕ったり、ただ眺めているだけで幸せな気持ちになれるようになったので、長く生きるのもなかなか良いものだなと思っています。

 

さて。

 

見返りとか、支配欲とか肉欲とか顕示欲とか全て一切なしに、誰かの幸せを心から祈れますか。

 

これは私がときどき自分に問いかけていることです。配偶者にというより、産んだ子供たちを育てているとき、そして、今は、私がただ眺めているだけで幸せな気持ちをもらえる対象に対して、考えていることでもあります。

 

バスケ観戦において、応援はさまざまなかたちで行われていると思います。多様性がある時代ですし、今ここで是非を問うつもりはありません。

 

好きなチームに好きな選手がいる、というごくごくよくある状況ではなくなった頃から、私の周りには「推し」や「追っかけ」という言葉が増えて来ました。誰かが使うこともあれば、私自身が表現上やむなく使うときも冗談交じりで自身を揶揄するときにも使っていると思います。

 

私の気持ちはあまり、好きなチームに好きな選手がいる頃と変わっていないのです。ただ一番観たいバスケのあるところに行くだけなので。

 

少し話がずれてしまいました。「追っかけ」に関しては、また別の機会に書けたらと思っています。

 

今日は「好きな選手」の話をしたくてここで書くことにしました。選手が誰で、という話ではありません。

 

好きな選手がいたときにどうしますか?

 

という話がしたいのです。

 

もちろんこの「好き」は、結婚したいとか恋人になりたいとかの好きではないです。そんなものはせいぜい中学生が夢を見るくらいでしか許されないでしょう。こちらは、憧憬と言えばいいのでしょうか。単にあこがれている、わあ、すごい!わあ、すてき!と思うだけの「好き!」です。

 

私は、見る目に自信のある(と、自分で言うからなんとなく勘に触る)女なので、素晴らしかったらもっともっと認められるはず!ほらこんなにいいの!ねえねえ知ってる?ほらやっぱりすごいんだよ。と信奉するので、その素晴らしさをどちらかというと見せびらかして共感してくれる人を探す旅に出てしまうタイプです。

 

なぜなら、私の憧れ(もとい、私の感情の発露全般)が強すぎるくらい強いので、この先の未来で、対象にはもっと輝いてほしいし、正当な高い評価をされてほしいし、望むことが叶うくらいお金を稼げるようになってもらいたい、ヒーローにふさわしい活躍と報酬と評価を、と思ってしまうからです。

 

ただ。

 

心の底からそう思っている私ですが、そうでない感情が存在していることを知っています。

 

素晴らしいから。

美しいから。

魅力的だから。

その魅力に囚われたからこそ、

だから、閉じ込めてしまっておきたい。

他の誰にも見せたくない。

 

以前、言われたことがあります。

SNSで情報を共有すると同時に、サポートをアピールする私のことを

「そういうことをするあなたはファンだと思ってないから」

と。ファンは厳選されるべきで、魅力は少人数で分かち合うもので、大々的に宣伝するのは控えるべきという考え方のようでした。

 

私の中にはほぼ、存在しないのですが、理解はできます。これも、是非を問うているのではありません。人間なので、心があるから、そう思うことも不思議ではないと理解しています。

 

そう、

あまりにも、

思い出が楽しすぎて、

存在が美しすぎて

 

他の誰かに見せるのが惜しくなってしまうのですよね。

 

なんてくだらない、と思う方は多いと思います。ならブログなので閉じてくださいね。

 

それでも、胸に手を当ててみたとき、少しだけ心当たりがある方はいませんか?…と思います。

 

私ですら(ほぼ、と書いたので)、試合後に私だけが話しかけていた以前とは違い、試合後にたくさんの方々に囲まれる姿を見たときに、たとえようもなく嬉しかったのと同時に、ほんの少しだけ寂しい気持ちが胃のあたりをかすめた気がします。まあパスタを食べて空腹のせいにしておきましたけども。

 

きっと、不安なのだと思います。

応援したことや、手を振って気づいてくれたこと、写真を撮ったこと、サインをもらったこと…

 

誰にも見せたくないと思う人は、その美しい存在との思い出が、大勢の人に応援されてしまったら、なかったことになってしまうかもしれないという不安に怯えているのかもしれないな、と、サーモントマトクリームパスタを食べながら思うのでした。

 

現在、リーグでは大勢の観客を呼ぶ施策がそれぞれのチームに必要であると感じているでしょう。市場が拡大しなければ、活性化しないのですから。バスケプロ選手が現役期間のそれだけで一生分食べて行ける時代は、まだ到来していません。

 

だから、無くなるでしょう。

 

コートで全員とハイタッチすることも、

サイン会が頻繁に行われるのも、

出待ちやバスの見送りをするのも、

いつかは全て無くなるものだと思っています。

 

上記のそれはルールとマナーを一人一人の気遣いと心がけで守っていかなければいけないものであり、それを周知する人数には限りがあると思うからです。

 

これも、今現在で、禁止にするかどうかをここで言いたい訳ではありません。言いたいのは、

 

 

それらが無くなっても、思い出は消えない、ということです。

 

 

大事なものが奪われるわけではないと思うのです。心の底から憧れて、応援したい!と思う気持ちは、自分がコントロールできさえすれば永遠です。もちろん少しだけ悲しくなることもあるかもしれません。選手の姿は物理的にも精神的にも遠くなるかもしれません。

 

しかし、夢を売る彼らの仕事からは想像できないような試合のハードさ、トレーニング、ファンサービスの時間…、それに見合わない低賃金…からは解放されていくはずです。

 

だから、損得勘定なしに、素敵な選手が、大好きな選手がいるのだとしたら、たくさんたくさん応援したいと思っていて、してみませんか?とも思うのです。

 

バスケで食べていく、という彼らの人生の大きな選択である決意は、籠の中の鳥では、叶わないと思うのです。

 

籠の中の鳥は、ずっと閉じ込めておくと、やがて、扉を開けても籠から出なくなったり、飛び方を忘れてしまったりするかもしれません。

 

 

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私は、鳥は大空を飛ぶ姿がいちばん美しいと思っているのです。

 

 

 

 

 

2018.02

 

Don't Regret 2

前回は、ひとりの子を持つ母親として話したつもりです。思いがけず多くの方に読んでいただき、非常に嬉しく思います。ありがとうございました。

 

今回は、母親としてではなく、私自身の、やはり身勝手で、とても個人的な気持ちについて、書こうと思います。

 

署名活動自体は、恩返しの気持ちの他に、色々な偶然と出会いによってはじめたものですが、いざ、手続きをする際に(もちろん、スマートフォンから出来るのですが)実行のボタンを押す間際に手が震えてしまい、その時に駆け巡った気持ちをここに自身の備忘録としてまとめておきたいと思います。

 

今シーズン、東京エクセレンスというチームは、ホームゲームの一節二試合目に、ほぼ毎回のようにサイン会を行っていました。私はそういうイベントには不慣れだったので、最初に観に行った試合で行われたサイン会では、ただなんとなく、その日一番目に付いた選手から、応援の際に使う紙のボードにサインを頂いて、帰路に着きました。

 

家でそれを眺めながら、嬉しくて、曲げずに取っておきたいから保存しようかなぁ、と思っていたのを覚えています。

 

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観戦試合が敗戦だったことの悔しさに、2、3日よく眠れず、気になった結果、スポナビライブに加入して、アウェイの試合も観るようになります。その時には既に、自然と、サインをお願いした選手に注目して観ていました。

 

東京エクセレンスを応援することはもう心に決めていましたが、好きな選手は作らないつもりでした。NBAで、好きな選手ただひとりを追いかけ続けている私は、私の性格上の特性から、好きな選手を作って応援することは、たくさんの想いが溢れ過ぎて、苦しい思いもたくさんすることは分かりきっていたので、国内でそれをやることに対しては躊躇していたはずでした。

 

しかし、私の目はひたすらに1人を追いかけ続けます。感情を止めたり、抑えたりするのが私は不得意なので、内心、自分に戸惑いながらも、Twitter上でそれを零していました。

 

息子は練習にも真面目に参加し始めていたので、その翌月は、私1人で観戦に足を運びます。

 

次第にエクセレンスのやるバスケットボールを理解しながら、その選手…不躾ながら、今ここでは彼、としておきます、彼のプレーに心酔した私は、彼がTwitterを始めた際にフォローをしました。

 

私にとって、好きな選手への「好き」は当たり前ですが、恋愛感情の絡んだものではありません。前回で書いたように、私は子供のいるただのおばさんですし、愛している人は旦那ひとりです。ただ、ひたすら、私は彼のするバスケットボールが、とても好きになったのでした。

 

好きなチームに、好きになった選手が所属している時間が、とても貴重であることを私は(NBAでの経験で)知っています。それが永久に続くことはほんの一握りの可能性しかないことも既に分かっていました。ならば精一杯、限られた時間にこの幸運を楽しもうと、応援することにしました。

 

そしてもう一つ、幸運な出来事がありました。以前、一緒に食事をする機会のあった方がポッドキャストを始めていて、そのゲストに彼を呼ぶ際に、多くの質問を考えておきたいから、何かありませんか、と声をかけていただいたことです。質問は、私がポッドキャストに出るわけではなかったので思いつくまま、補助的に使うものと認識して送らせていただいたのですが、収録の際に、私からの質問がある、と言ってくださったのでした。

 

単なるいちファンである私からのとりとめもない質問に、彼は全て誠実に答えてくれました。彼は外国籍選手なので、英会話の出来ない私では到底聞くことのできない複雑な内容のものも、通訳してくれた方を介して伺うことができました。

 

初めてサインを頂いたときからですが、彼はファンサービスの際、とてもにこやかに優しく接してくれました。私からのたくさんの質問に答えてくれてありがとう。と、前日から何度も練習して言ったたどたどしい私の英語でも、耳を傾けてこちらこそ、と返してくれたのです。

 

しかも、その後から試合を観戦しに行くたびに、彼を見ている私の視線に気づくと、彼は会釈をしてくれるようになりました。

 

ますます、応援したくなっていきます。優しさにほんの少し触れて、ならない人は、いないのではないかな、と思ってしまいました。

 

SNSは基本的に、Twitterしかほぼ使っていない私は、たくさんの世界を覗いて、たくさんの方と知り合うことも厭わないので、アカウント自体をロックしていません。私の「好き」は知ろうと思えば、見られる環境にあります。

 

家庭があり、仕事があるので、私は都内以外でのアウェイへの観戦には実際足を運ぶことは出来ません。エクセレンスの試合を観戦に行く方をTwitterで見かけるたびに、よかったら、応援してくださいね、とお願いすることしかできません。

 

多くの方が、私なんかの声かけで、観戦したあとの報告をくれたり、素晴らしい写真を掲載していただきました。遠くで闘っている彼の写真も、たくさんたくさん、撮って見せてもらうことができました。嬉しくて嬉しくて、今でもその皆さんには感謝してやみません。

 

偶然の、幸運な出会いが多くありました。観戦中も、試合中も、試合後も、多くの楽しみが増えました。私が、一方的に騒いで喜んで好きを呟いているTwitterの数多の中で、彼はファンサービスの一環としてか、ほぼ毎回自分の名か、写っている画像にlikeを付けてくれるのは、今現在も、私の喜びのひとつです。

 

今シーズンは、シーズン途中のB2資格の件で、とても辛い出来事がありました。チームは勝敗面でも落ち込み、シーズン終盤の重苦しい雰囲気の中で、彼自身も不振に陥った時期もありました。

 

しかし、半年以上、毎試合見続けて、私は確信していました。彼はとても練習熱心で、朝となく晩となく、研鑽を積んでいることに気づきました。3人登録できるがたった1人で何試合もこなした時も懸命で、その後怪我をして欠場しても足を引きずって会場に来てベンチに座り、復帰した後も外国籍選手の制約の中で、限られたプレー時間の中で、常に勤勉にチームに尽くしていることに気づきました。

 

チームも、応援する側も、彼も、一番苦しかった時期は、大田区で行われたアースフレンズ東京Zとの一節だったと思います。その時も私は彼を見つめていましたが、いつものように笑って手を振ることはできなくて、私が着ていたTシャツの、彼のサインしてくれた部分を押さえることしか出来ませんでした。

 

その時、彼は小さく、でもしっかりと頷きました。瞳は強くて、光を失ってはいませんでした。

 

二連敗し、全員が真っ暗闇の中でもがいていました。その後のアウェイ戦で一勝するものの、彼自身も、まだ本調子ではありませんでした。

 

しかし、私はあの時の瞳を覚えていたし、いつでも彼を信じていました。4/29のホームの最終節一試合目で、チームは大声援の中で少しずつ以前のしぶとい闘い方を思い出し、彼もまた、何かを掴みかけているようでした。

 

4月30日のホーム最終戦は、私にとって、一生忘れられない試合になります。

 

前半は相手チームのバンビシャス奈良のペースを何とか止めるのに精一杯でしたが、後半は息を吹き返し、一進一退の攻防となります。4Q8分40秒で、エクセレンスは49-55とリードを許していました。

 

そこからの4分間は、今思い出しても、心が熱くなります。彼はその4分間で9得点と、2点につながるアウトレットパスを出しました。たくさん走り、難しい距離からのミドルも、混戦からの無理な体勢からのシュートも、当たりの来ていなかったスリーポイントも全て、決めました。チームとしては合計14点をあげ、63-61と逆転をし、結果、75-72で勝利します。私は涙が何をどうしても止まらなくて、たくさんの方に泣き顔を晒してしまいました。

 

彼はいつも、苦しい時に、必ず得点し流れをチームに繋ぎとめてくれる選手でした。ファウルゲームになる寸前まで、勝ちを諦めず気持ちでプレーすることのできる選手です。今シーズンずっと、ずっとそうでした。

 

これからも、きっとそうだと思います。真面目で、普段は控え目で、少しシャイで、とても紳士で、ファン全員に優しく、小さい子供達には更に優しく、強く勤勉で、献身的なバスケットボールを見せてくれる…私は彼を、ルークエヴァンス選手を、応援できて、とても幸せなシーズンでした。ありがとうと何度も伝えたのだけれど、言い足りないくらい、優しさを、素晴らしいバスケットボールを、見せてもらえました。

 

試合後、ファンクラブの特典で集合写真を撮っていただいたのですが、彼は何も言わなくても隣に来て屈んでくださり、私と並んでくれました。その時の写真は、私の宝物です。

 

そして、彼はポッドキャストのインタビューの中で、バスケットボールのキャリアを日本で終えたいと思っている、と話していました。

 

彼の思う人生を、彼自身が選んで、そして幸せに過ごしてほしい。私はそれだけでとても、とても嬉しいのです。

 

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Luke, I was happiest that I could cheer you up this season. I always love your basketball, no matter where you are. 

Don't Regret 1

後悔だけは、したくない。ありったけの愛を注ぎ尽くしてからでないと、死にたくない。

 

人生の折り返し地点はとうに過ぎてから、そう強く、思います。

 

私はバスケが好きで、日本に生まれ、日本に住み、結婚して子供を産んで、幸いにも子供のひとりが私の好きなバスケットボールをやっている、ただのおばさんです。

 

バスケットボールを知ったのはアトランタオリンピックでした。そこから何年経ったかはもう数えるのも面倒になりましたが、今年はバスケットボールを好きな方々により多く会えた年です。

 

ともすると1日が家庭と、育児と、仕事だけで終わってしまう日々を恐れて、私はTwitterをはじめて行くことのできない場所の出来事や、誰かがバスケットボールを好きな気持ちを読むことで、毎日を少しでも楽しく過ごせたらと思っていました。

 

NBA を観て出会った選手のことは以前から書き続けているので、今日は日本で出会ったチームや選手のことを書こうと思います。

 

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それには私の、11歳になった息子のことを少しだけ書かせてください。

 

去年の今頃、息子は所属しているミニバスケットボールのチームで公式戦に起用されはじめました。私がバスケを好きなことは伏せたうえで、7歳から、彼自身の意思で始めたバスケットボールでした。

 

住んでいる地域は、クラスの男子の8割近くがサッカーを習っているような場所です。その頃から今までも、バスケットボールをやっているのは学年で息子ひとりきりです。

 

そんな地区なので、所属しているチームも強豪ではなく、半ばお遊びの延長で気楽にやっていくチームのはずでした。

 

しかし、チームの方針は公式戦では選手を徹底的に叱り飛ばすものでした。何故できない、邪魔だ、引っ込め、馬鹿、ダメ…ありとあらゆる暴言の類が試合中、飛んで来ました。

 

好きではじめたバスケをやる場所は、徐々に地獄のような場所へと変わっていきました。練習内容は乏しいもので、何故できないと言われても、他のチームが教えてもらったであろうことを教えられていないのは正式な競技経験のない私から見ても明らかでした。

 

小さなチームは、親の負担も大きく、いつしか私と息子は毎日のようにバスケでも、それ以外でも諍いが絶えなくなっていきました。

 

夏のある日、諍いに疲れた私は息子を練習に行かせ、家で娘と過ごしていました。そこに一通のメールが届きます。

 

息子の態度が良くないから、観に来ないか、と。

 

他の保護者の方からでした。観にいくと、息子は集中していなかったのか、ミニゲームには参加せず、タイマーを動かしているようでした。コーチは苦笑いするのみで、特にその件については指導はなかったとのこと。

 

私は息子を練習終了前に帰すことにしました。私は泣いていました。息子を叱り、しばらく休ませます、と伝えました。

 

練習に行かなくなり、落ち着いてから話し合いをし、息子はバスケは大好きだけれども、どんなに練習をしてもどうせ試合で叱られるのだから、…もう辞めたい、と一言漏らしました。

 

退部の決断は、謹慎させると伝えて先延ばしにしましたが、息子の目はバスケをやりたい、と言った日とは全く違っていました。

 

ミニバスケットボールのチームを、移籍することは困難を極めます。ましてや息子は、チーム創始者と同じ地区に住んでいるため、他地区との隣接を理由にチームを移籍することはできませんでした。

 

それでも、息子も私も、未だバスケットボールは好きでした。その頃の私のTwitterは、愚痴ばかりです。諦めがつかず、悩んだ末、夏に行われていた3x3を気分転換に息子と、行くことにしました。

 

真夏の灼熱の中、全力でプレーする選手たちがそこにいました。息子は6時間近く、立ったまま、フェンスにかじりついてそれを見つめていました。

 

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帰宅し、息子はコーチに頭を下げ、保護者にも挨拶をし、9月からチームに復帰することを決意します。9月末の3x3の観戦に、再び行きたいとも伝えてきました。

 

その経緯と、真夏の観戦はTwitterに簡単に載せていたのですが、偶然目にした選手のひとりが、今度は声をかけてください、とリプライを下さいました。

 

9月の六本木での3x3で、実際にその方とお話しする光栄に預かることができます。最初は選手が自分と話すこと自体が不思議そうだった息子ですが、ハイタッチをしてもらい満面の笑みが溢れていました。

 

声を掛けてお話しして下さったのは、石田剛規選手です。

 

いま思えば、単なるファンサービスの1つだったと思いますが、私達親子にはとてもありがたく、素晴らしい出会いでした。

 

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その後開幕したBリーグの、東京エクセレンスの試合を観に行くきっかけになりました。残念ながら観に行った試合は敗戦でしたが、石田選手は二階席にいる私達を見つけて、手を振って下さいました。

 

敗戦の観戦に、息子の感想は悔しくて眠れない、と言いました。私も、同じ気持ちでした。

 

息子は真剣に練習に取り組むようになり、エクセレンスの試合で観戦する場所も、徐々にコートの近くになります。コートサイドで観戦した日から、もうここでしか観たくない、と親子で思ったのを覚えています。

 

エクセレンスの選手全員が、とても優しく真摯で、勝っても負けても前を向き闘い続けていました。息子のミニバスは、懲罰的に公式戦のほとんどをベンチで過ごす日々が続いていましたが、二度と辞めると言うことは無くなりました。

 

 

これらの出来事は、あくまで、私達親子の勝手な都合で、勝手な思い入れです。しかし、私達がバスケットボールを再び好きになれる時間を作ってくれたのは、紛れもなく東京エクセレンスというチームでした。

 

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( 先日参加させていただいたエクセレンスファン感謝祭にて、石田選手と隣でお話しさせていただいた息子。一日中、楽しそうに笑っていました。)

 

Bリーグという、日本のプロバスケットボールのリーグですから、もちろん試合でたくさん勝つことも大切です。しかし、どんなチームでも毎回全て大勝するはずもなく、だからこそ、選手がどんな気持ちで、どれだけ懸命に生きているのかを見ていられる、見せてくれるチームに、私達親子はとても惹かれました。

 

読み返すと非常に独りよがりで、勝手な気持ちばかりですが、毎回、観に行った試合で息子は得たものがあったと言います。毎試合、瞬きを忘れて、目が乾いてしまい、痛くなるほど見つめていました。

 

息子は今、最上級生の六年生になりました。9番を付ける予定が、副キャプテンに指名され5番を付けることになり、信頼するPGであるキャプテンと毎回たくさん話し合いながら、スタメンのセンターとして、勝っても負けても、どんな時も、全ての試合に出場しています。

 

 

長くなりましたが、タイトル通り、1 です。次回は私自身の個人的な思い入れについて書けたらと思います。

 

 

そしてこちら

www.change.org

は少しでも恩返しがしたくて、はじめました。

 

 

 

What is it to "cheer" ?

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言霊というものを、私は信じています。

 

日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされた。『万葉集』(『萬葉集』)に「志貴島の日本(やまと)の国は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」(「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」 - 柿本人麻呂 3254)「…そらみつ大和の國は 皇神(すめかみ)の嚴くしき國 言靈の幸ふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり…」(「…虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理…」 - 山上憶良 894)との歌がある。これは、古代において「言」と「事」が同一の概念だったことによるものである。漢字が導入された当初も言と事は区別せずに用いられており、例えば事代主神が『古事記』では「言代主神」と書かれている箇所がある。古事記には言霊が神格化された一言主大神の記述も存在する。

自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされると信じられた。例えば『古事記』において倭建命が伊吹山に登ったとき山の神の化身に出会ったが、倭建命は「これは神の使いだから帰りに退治しよう」と言挙げした。それが命の慢心によるものであったため、命は神の祟りに遭い亡くなってしまった。すなわち、言霊思想は、万物に神が宿るとする単なるアニミズム的な思想というだけではなく、心の存り様をも示すものであった。

 

長いですが、Wikipediaから引用しました。私達が操る言葉には、思っている以上の力があると私は考えています。簡単に言うと、ネガティブな言葉より、ポジティブな言葉の方が物事を前向きに動かす力があると信じている、ということです。

 

普段何の気なしに使う言葉の、発する言葉のひとつひとつが思考ひいては行動に影響するのではないか、と思って生きています。

 

冒頭の写真は、私が最近応援すると決めた日本のバスケのチームのホームゲームでの一枚です。今年9月から完全にプロ化された、Bリーグ2部、東京エクセレンスというチームです。私が初めて観戦に行ったのは、リードしていたものの試合終了直前に逆転された敗戦でした。

 

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また、私は他の記事でも書いている通り、Kevin Loveという1人のNBA選手を長く応援しています。彼は昨シーズン、自身の所属するクリーブランド・キャバリアーズが初優勝したメンバーの一員です。彼にとっても、初優勝でした。

 

スポーツ観戦は、私の長年の趣味です。スポーツの種類を問わず、誰かを、何処かのチームを幼い頃から応援するのがとても好きです。

 

ケビンラブという選手を応援して、気づけば6年目になりました。彼自体の成績が良くとも、チームでは20勝にすら届かない時代、オリンピックで金メダルを得てもシーズンでは怪我が多く殆ど出場が叶わなかった時代、壮絶なダイエットを経てチームやメンバーと摩擦があり思うような結果が残せない時代、チームを移籍しバランスに苦心する時代、噛み合ったと思っていた矢先に不慮の怪我で戦線離脱を余儀なくされた時代を経ての、初優勝でした。

 

色々な出来事があり、私自身も就職から結婚や出産を経て、再就職し…色々な出来事がありました。が、いつ何時も、応援することを辞めようと思った日は片時もありません。

 

応援すること、というのは、一見、私自身の人生には何の関係もないことのように思えます。勝つのも、負けるのも、苦しむのも努力するのも、私自身は何もしていません。ただ観戦し、一喜一憂するのみ。

 

それでも私は、自身の結婚や出産や、自分の人生の出来事のひとつひとつと同じくらい、応援して一喜一憂することは心を大きく動かされるものです。

 

Twitterというツールができて、応援する人が世界のどこかにいることが判る時代になりました。日々滝のように流れていくタイムラインの中で、絶え間無く世界中のどこかで誰かが、応援し、その切れ端のひとつとして呟きを残していきます。

 

日々の余った隙間でそれを読むことで思うのは、応援すること、とは一体何なのか、という疑問です。

 

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スポーツは結果が出ます。勝敗がつき、順位が出ます。彼らは、チームは、勝つために、全てに勝つためにその競技をしています。それを仕事にしています。

 

その過程に、私達…私は寄り添っているだけです。勝手に寄り添わせてもらってるだけ、です。過程においての彼らの喜びや苦しみをまるで自分のことのように享受して、勝手に心を揺り動かされています。

 

有難いことだな、と思います。スポーツには、喜びを分け与えられる力があり、選手にはそれをただ見ているだけの私に分けてくれる素晴らしい力があります。全ての選手にそれがあると私は思います。

 

負ければ苦しく、チームが不穏なら私も不安になります。心を引き裂かれるようにもなるし、好き以外の全てに呪詛を吐きたくなる日もあります。

 

けれども応援し続けて、 最後に心に残るのは彼らから与えてもらった素晴らしい出来事です。勝った喜びだけでなく、敗戦の中での諦めないプレー、もしくはただ必死に走る姿であったりもします。

 

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彼らから与えてもらった思い出は、私の人生の中に入り込んでいます。好きになって思うのは、いつまでも、いちファンのひとりであり続けたい、ということです。与えてもらってばかりで何ひとつ返せるものはないけれど、せめて、彼らの望みが叶うように、祈り続けていたいのです。

 

私は言霊を信じています。発する言葉には力があると信じています。その力は、物理的な距離や、経過した年数は関係ない、と思って生きています。

 

ひとつでも多く勝ちますように。

素晴らしい喜びが彼らやチームに訪れますように。

 

 

Bruin Walk

お久しぶりです。ゆりあです。

 

ラブの書いたこちらの記事 http://www.theplayerstribune.com/kevin-love-ucla-basketball/ を読みました。人柄と考え方と文章にとても心を打たれたので、英語は苦手なので稚拙ですが、訳に挑戦しました。

 

※BruinsはUCLAバスケットボールの愛称です。

※ジョン・ウッデンは生涯勝率8割を越える、UCLAならびにカレッジバスケットボールの名将。現代バスケットボールの礎を築いた知将です。

※ケビン・ラブは2007年UCLAに入学、マーチマッドネスと呼ばれるNCAAチャンピオントーナメントでは、デリック・ローズ率いるメンフィス大に破れ、ベスト4に終わっています。

 

 

Bruin Walk

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フロントポーチに溢れた手紙の山、それが、僕がジョン・ウッデンの家で最初に目にしたものだった。それは見逃すわけはなかったよ。
よくある家のポストなんかなくて、誰かが全ての手紙が入りきるようにフロントポーチに大きな穴を掘って、フェンスで囲っていたんだ。

手紙や小包はそこらじゅうにあった。
僕はロックスターとこれから話をするんだ---大量のファンレターからそれが察せられた。
ジョン・ウッデンは僕が大きくなるまでのロックスターだった。カレッジバスケットボールの神様。全てのスポーツの中で最多勝のコーチ。スポーツの方法論を実用的に発明した人。

 

僕は初めてカリフォルニアに、コーチウッデンを訪ねた。僕はコーチがその逸話にふさわしいレジェンドな暮らしをしていることを期待していた。 それはたぶん、フルサイズのバスケコートにカリームアブドゥルジャバーの銅像に、オリンピック級のプールのある家…そうに決まってるよね?

 

 だけど、家は僕が想像してたようなものじゃなかった。コートも、プールも、銅像も、ない。現実だと思えなかったよ。ベットが1つの普通の住宅街の家でさ--- そう遠くないところにコーチウッデン行きつけのダイナーがあって、彼は毎朝そこに行ってコーヒーを飲んで近所の人と談笑してるんだって。

コーチウッデンは僕の家族と僕を玄関で感激してくれた。まず最初にコーチに聞いたのは、手紙の山のことだった。


「全ての手紙を読んでいるのですか?」

僕は尋ねた。

「そういうことになるね」

コーチはそう言って、笑った。

「でも宿題を溜め込んじゃってね」

 

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通してもらったコーチウッデンの居間はすごかったよ。そこらじゅうに物があった。 別に散らかっているわけではなかったけれど、床はちょっとしか見えなかったし、壁は様々な彼の人生をあらわすもので埋め尽くされていた。UCLAのユニフォーム、カリームアブドゥルジャバーとビルウォルトン、あと数々のBruinsの素晴らしい選手の写真、ボブルヘッド人形、細々したもの、Wheaties(有名アスリートがパッケージに載るシリアル)の箱、アメリカ国旗、トロフィーと積まれたビデオテープ、額に入った先立たれた妻のネルの写真、そして家族達。

 

あとは本、沢山の、ほんとに沢山の本。 本棚に入りきらなかった本は、床に積まれていた。

そこから一冊、コーチは本を取り出した。それは「Civil War(南北戦争)」だった。


「きみは歴史は好きかい?」

コーチが僕に問うた。

 

歴史は好きな科目の1つだと答えた。 コーチはリンカーンの演説の一節を読誦しだした---全てを覚えていたわけではなかったけれど、いくつかの部分を。 僕はじっと見つめることしか出来なかったよ。

コーチはバスケについてや、コーチ自身について話すのを好まなかった。そして、コーチは僕の性格や、友人達、家族、そしてスポーツ以外で興味のあることを知りたがった。コーチは僕に100ほどの質問をしてきた。僕は良い答えをしようと全力を尽くしたよ。 高校で素晴らしいキャリアを残しNBAに行こうとする野心から外れて、話したのは故郷オレゴンのレイクオズヴィーゴの、小さな湖で取れた大きな魚のことだった。 その日、僕は小さくなった気分だった。僕がコーチウッデンの敬意が得られたのか、すごく気になったよ。

 

コーチはとても鋭く聡明だ。コーチウッデンは当時既に90歳代だったものの、そのウイットと知性で彼の周辺には未だに人が絶えなかった。

ここに良い例がある。来訪した時、居間で僕の妹と僕はコーチの向かいに座っていた。僕の妹はとてもシャイで、来てから一言も喋らなかった。でも僕がコーチと話す数分毎に、コーチウッデンは話を止めて僕の妹の方を見た。


「で、何を言ったっけ?」彼は言い、

妹が質問をしたふりをしてくれた。
やっぱり、妹は一言も喋らなかったけどね。

そうして、コーチはにっこりしてから、僕との会話を続けた。

コーチは皆が会話に参加してるのを好むんだなと思ったよ。コーチが質問してきたみたいに、今やれって言われたら、同じようにできるかい?

 

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最初に大学で会ったチームメイトは、ラッセルウエストブルック。僕は校内を歩いていたんだ。高校から出てすごく新鮮な気持ちで、新しい髪型で意気揚々としながら(前まではママが切ってくれてたからね)。僕はバスケならよく知ってたけど…他のことは世間知らずだったんだ。ラスはその時もう2年生で、バッチリキマってて自信ありげで…ルーフ越しにこう言ってきた。


「Hey man」
「そのバックパックどこで手に入れたんだよ?」

 

周囲の人は足を止めて、ラスが僕に声をかけたのを聞いてた。ラスはその頃から群衆を惹きつけるんだ。彼のニカっと笑うあの笑顔でね。 僕はリュックが褒められてないなぁと分かったんだけど。

 
何か言い返す前に、ラスが続けたんだ。

「Damn, how big are those Jordans?」

ああ、ラスは僕を試してるんだなって思ったよ。その時僕は彼のことが大好きになるって確信したんだ。

 

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ラスと僕はロードでのホテルで最後までルームメイトだった。 僕らは、同じ目的で高校からここに来てたから、打ち解けるのに時間はかからなかったね。僕らはホテルの部屋でゴロゴロしてるとき、いつもNBAに入ったときのことを話してたんだ。

時々、ラスはすごく頑固なルームメイトだった。僕たちはすぐ競い合ったから、しょっちゅう対抗してたよ。それがテレビゲームでもね。 僕らは「13」(大富豪のようなカードゲーム)もやったし(僕はあれは僕が1点勝ってるって今でも思ってるよ)、どっちが早くジムに着くかとか(どうにかしてラスは僕より早く着こうとするんだよ)、 リフティングも、ビデオ研究も、シューティングも全部そうさ。

僕らは部屋の設定温度でさえ揉めたんだ。

ねえみんなは「ラリーのミッドライフ★クライシス」(アメリカで人気のコメディ番組)でラリーがサーモスタットを調整しまくる回を見たことある?それはまるで僕とラスさ。

 
「74℉(約23.3℃)まで」ラスは言う。

僕は涼しくするのが好きなんだ。68℉(約20℃)くらいが、完璧。

夜にラスはベットから飛び上がって設定温度を上げて---その5分後に僕が設定温度を下げる。一度交渉してみたんだよね--- 「じゃあ71℉(約21℃)ってことにしない?」


「73℉(約23℃)」
ラスの返事。
「これ以上の妥協はない」


こんなのあり?ほんっと頑固!

しばらくすると、ラスの違った一面も見ることが出来た。ニーナという名前の女の子のことを初めて話してくれた。彼女はUCLAの女子バスケットボールの選手だった。ラスは彼女のことをたくさんたくさん話してくれた。

昨夏、僕はラスとニーナの結婚式に参列した。それはBruinsにとってほんとにおめでたいことだよ。何年経っても、僕らはファミリーのようなものなんだ。

 

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17歳でウエストウッドのコーチを訪ねた時、著書(「Wooden: A Lifetime of Observations and Reflections On and Off the Court」)を頂いた。僕はそれに一度目を通して、あとは高校のバックパックの底にしまいっぱなしだった。

まだ、どの大学に入るか決めていなかった。ノースカロライナに、僕はかなり興味があった。地元オレゴンから、シャーロットのチャペルヒルまで向かう時のことを覚えてるよ。フライトの間に、コーチの本を取り出してもう一度読んでみたんだ。 そして子供の頃から長年の夢だったロイウイリアムズに会って、マイケルジョーダンを有名にしたキャンパスを訪れた。

でも着陸する前に、僕の心は決まっていたんだ。

 

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今までの人生の中で、UCLAで過ごしたあの一年間が最良のひとつであったと記憶している。それはあっという間に過ぎ去ってしまったけれど、コートでたくさんの素晴らしい思い出があったんだ。対カリフォルニア大での、ジョシュのあり得ないようなショット。NCAAトーナメント二回戦、対テキサスA&M大で逆転勝利に導いた、ダレンコリソンのヒロイックな活躍。カンザスシティの対メリーランド大での、リックリチャードバーアムーテのスリーポイントウィナー。ファイナルフォーでの、強敵メンフィス大に対してラスの本当に勇敢なパフォーマンス。

僕たちはNCAAチャンピオンになりたかったが、勝つことは出来なかったけれど、僕らにとって何よりも有意義だったのは僕らが創り出した関係性だった。僕らはチームであり、ファミリーだった。一人ひとりがチームに唯一無二の存在であり、僕らは20年の中でドンピシャで同じ時代に、出逢うことが出来たのだ。

 

 

UCLAは常に僕の故郷だ。だから、僕は僕が受け取った自分の全ての恩返しをするため、ギブバックすることを決めました。ケビンラブのバスケットボールのキャリアを形づくった場所に、ただギブバックをするだけという意味なのです。 だから今年僕はMo Ostin バスケットボールセンターの建替に寄付をして---特に新しい強力なコンディショニングセンターが、The Kevin Love Strength and Conditioning Centerと名付けられることにとてもエキサイティングしています。

 

僕はいつの日かUCLAで子供達にも何か手助けしたい。 僕が見出してもらったように、僕も誰かの才能を見つけ出したい、なんてそれはスペシャルなことなんだろうか。

 

 

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「戦えるヤツ」

プレイオフですね。連日盛り上がる悲喜交々のタイムラインが私をわくわくさせます。

昼間、フォロワーさんのツイートを拝読しました。
本当にその一文に尽きる、と思います。

レギュラーシーズンの活躍から、またはその選手から抱く印象……を、そのままもしくはそれ以上に魅せてくれる選手もいれば、残念ながら裏切る選手もいれば、また逆の嬉しい意味で裏切ってくれる選手もいます。

レギュラーシーズンとプレイオフは似て非なるもの。もちろん82試合という長い長いシーズンを乗り越えた選手には一定の敬意を。何位であれ辿り着いたチームには尊敬を禁じ得ません。

気になるのはもちろん、最愛の選手が「戦えるヤツ」であるかどうか。ケビンラブはプレイオフプレイオフらしく、戦って戦い続け戦い抜くことができるかということです。というかそれにしか関心はほぼ無いとも言う、ね。

スタッツ上では、戦えている現在、と言えるかもしれません。

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こんな感じ。
Kevin Love's stat line 
through 3 playoff games(2015-16RS)
21.3 PPG(16.0)
11.7 RPG(9.9)
47.8 FG%(41.9)
詳しいスタッツ語りはTwitter的には女性は担当外のようだし、その筋の方にお任せ致します(笑)。ただ、スタッツだけでは測りきれないのがバスケットでありスポーツであるということはいくら贔屓目の私でも忘れてはいません。

プレイオフは長いようで短い、4戦先勝勝負です。幸いにもケビンラブ所属するキャブズはレギュラーシーズンの順位でホームコートアドバンテージを得てはいますが、1つ負けることは先々の戦いにおいて非常にリスクを伴います。レギュラーシーズンでの決定順位が何位であろうと、ひとたび油断すれば勝利を手繰り寄せることのできるチームばかり。ましてやバスケットは大量に点の入るスポーツですから、どの組み合わせであろうと下位が上位を食うアップセットは起こり得るものです。

ケビンラブはキャブズの主力選手の1人です。そうでなければならず、そうあるためにトレードを経て今現在のチームにいます。ロスター内の一選手という位置付けだけではありません。何が言いたいかというと、気を抜いたプレーは決してできないということ、ラブの油断はチームにおいて重大な瑕疵であり、常に戦えるヤツであることを義務付けられていると言えるということです。

さてここでもう一度私は私が見たケビンラブはその「ヤツ」なのかということを自分に問いかけます。彼は戦えているか。

答えは簡単ではありません。厳しい目を持つタイムラインの皆さんは否と即答するかもしれません。また、私もいつものテンションで「可愛いから」と全てを肯定することもやろうと思えば出来ます。期待と信頼のみで前向きな答えも出せます。

3試合見た限りでは、ケビンラブは「まだ」です。まだ、足りません。気持ちも伝わります。数値的な結果もそれなりに出てはいます。でも、まだ、足りません。

プレイオフデトロイト3戦目、ラブはシュートを迷った場面がありました。膠着気味の展開の中で、思うように得点を重ねていけなかった時間帯です。その時間帯のタイムラインでは何人かがその迷いに気がつきました。

ラブは心に弱気の虫を飼っています。もちろんそれは人間はほぼ誰しも嫌でも飼っているものですが、良くも悪くも素直な性格のラブはNBAでスターターを張っている選手の中では非常に分かりやすくそれが垣間見える選手です。

レギュラーシーズン中はそれが何度も顔を出しました。NBA入りする頃、いやもっとその前から、もしかしたらバスケットを習い始めた頃に立ち返っても初めてかもしれない、ラブにとってはディフェンス力を要求されたほぼ初めてのシーズン、心を何度も折られるそのプレーの不味さに引っ張られ、オフェンス力までもが消えてしまうこともありました。

ここまで書くと語弊があるかもしれませんが、弱気の虫はこのシーズンで培われたわけではありません。UCLA時代は見た限りではその片鱗はほぼ見えません。

勘のいい方は私の言いたいことが予測がつくと思います。弱気の虫は前所属チームで育ちました。これはずっと私が思っていたことです。柵が怖く覚悟が足りず書けなかったことですが、言いたくなりました。

長いミネソタでの、ウルヴスでのクソみたいな6年間でそれはそれなりに育ちやがりました。

クソもクソです。153勝-323敗。これがラブがミネソタティンバーウルヴスにいた6年間の戦績です。スターターでないルーキーシーズンがあり、ロックアウトの年があり、また怪我がありほぼ出場していない5年目などもありますが、これが所属していたチームの戦績であることは事実です。

キャブズ…クリーブランドキャバリアーズでは2年目になりました。戦績は110勝-54敗。来年もそれなりに戦えば以前の勝利数を抜く計算までもが成り立ちます。

ああ、とても腹立つ言い方。でもまあ、ここまで来たならそっ閉じしないで。ね。もう少しだから。

言いたいことは色々ありますね。一概に簡単に言うなと思いますよね。だってゴリラいるし、とか。でもクソみたいに勝てなくてクソみたいに弱いチームにいたのです。いたんですよ。どんなにリバウンドが素晴らしくてもね。

思えば本当に。新人王は逃し、出ても負け、リバウンド王になっても、30-30を達成しても、プレイオフは夢のまた夢、頻繁なトレード、自身の怪我、チームメイトの怪我、怪我、怪我…思わず溢れる愚痴に群がる記者達。

これをクソと言わないで何と言う。 

そう。ドラフト5位と期待され、寒い街の温かい人々に歓迎され、どんなに負けてもアリーナに足を運んでくれる方がいて。ただひたすらに点を獲る事を望んでもらえ、ダブルダブルの記録に歓喜の声が上がり。

本当にクソみたいな日々、憧れのマクヘイルの指揮を学び、アルジェファの背中を追い、若きラテンのスタープレーヤーだったルビオが来て、友となるペックとインサイドを支配し、キリレンコと共に、ビーズリーと共に、アリーザと共に、バレアと共にプレーした、あの日々。

勝率五割を、プレイオフへの出場権を、誰よりも夢見ていたあの日々、ずっと此処で、此処にいてのし上がって、いつまでもいつまでもフランチャイズプレーヤーとして、ミネソタの選手でいると信じて疑わなかったあの日々。

今でこそワイン&ゴールドの権化のような顔をしてTwitterをしている私ですが、以前はもちろん森の奥の狼さん達のひたすらの無事を祈り続けていたのです。私のBIG3がルビオ、ラブ、ペコビッチだった日々は決して消えることなくそれは確かにあったのです。

このクソみたいに幸せな、けれども勝てなかった日々は、ラブの心にいつまでもいつまでも残っています。

ここで勝てないのか、という経験をラブはし過ぎました。それはもう麻痺するほどに。もがき苦しみ、もちろん素晴らしいこともたくさん、たくさんたくさんあったのだけれど、結果として負けたことは彼に勝ち癖を残していません。

私はタンク的に上位ルーキーが何年も負け続ける環境はあまり好みません。大した記憶力はないのですが、ババアになって思うのは、ああ、この選手いい選手だったけど勝ちに恵まれなかったよね、という選手がたくさんいる一方で、それよりもどんな理由であれトップになった選手が評価されていくのを嫌というほど見てきました。

もちろんフランチャイズプレーヤーとして優勝し、引退していくのは素晴らしいことで、それは夢です。しかし、ラブは多分理解しています。自分がマイケルジョーダンでも、コービーブライアントでも無いことを。

それを味わった6年間なのかもしれません。愛着のあるチーム、慣れ親しんだ場所、居心地の良いスタイル、本来の食事習慣、サイズ不足ながらフィジカル的に対抗できた体重、それらの多大な犠牲を払って、彼は明日もまた、プレイオフのコートに立つでしょう。

負け続けた日々のことを決して忘れてはいないでしょう。不甲斐ない自分のことも、不用意な発言も覚えているでしょう。そして同時に、あれほど愛され慕われ、信じてもらえた街のことを決して忘れてはいないでしょう。

また勝てない、負け続けた記憶は、既に思い出になったはずなのです。クソみたいに最低で幸せで最高だった日々は、苦くて甘酸っぱい思い出になったはずなのです。

ラブは真摯で勤勉です。自暴自棄になることのないプレーヤーでいるはずです。今までにあったことの全てが無駄でなく、糧にして成長していくことのできる選手です。何もかも飲み込んで、包容して、育っていけるはずです。私はラブのそういう部分に何より惹かれているのです。

これからも、時折、弱気の虫は出てきそうになるのだと思います。その時は抑えつけず、そして殺すことなく、孵してほしいのです。もう少し、です。あと少し。

「戦えるヤツ」だと、確信したとき、迷いも思い出も、美しい蝶になります。その瞬間を見守るために、今日も生きます。

昨年、不本意な形でプレイオフの舞台から去ることになったあの凄惨な出来事から、今日でちょうど一年が過ぎました。嫌な記憶しか無かった3戦目は、無事勝利で終えました。





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Mayuさん、ツイートの掲載許可をありがとうございました。書くきっかけをくださり感謝します。