Love’s diary

偏愛、寵愛、やっぱり最愛。

What is it to "cheer" ?

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言霊というものを、私は信じています。

 

日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされた。『万葉集』(『萬葉集』)に「志貴島の日本(やまと)の国は事靈の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞ」(「志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具」 - 柿本人麻呂 3254)「…そらみつ大和の國は 皇神(すめかみ)の嚴くしき國 言靈の幸ふ國と 語り繼ぎ言ひ繼がひけり…」(「…虚見通 倭國者 皇神能 伊都久志吉國 言霊能 佐吉播布國等 加多利継 伊比都賀比計理…」 - 山上憶良 894)との歌がある。これは、古代において「言」と「事」が同一の概念だったことによるものである。漢字が導入された当初も言と事は区別せずに用いられており、例えば事代主神が『古事記』では「言代主神」と書かれている箇所がある。古事記には言霊が神格化された一言主大神の記述も存在する。

自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされると信じられた。例えば『古事記』において倭建命が伊吹山に登ったとき山の神の化身に出会ったが、倭建命は「これは神の使いだから帰りに退治しよう」と言挙げした。それが命の慢心によるものであったため、命は神の祟りに遭い亡くなってしまった。すなわち、言霊思想は、万物に神が宿るとする単なるアニミズム的な思想というだけではなく、心の存り様をも示すものであった。

 

長いですが、Wikipediaから引用しました。私達が操る言葉には、思っている以上の力があると私は考えています。簡単に言うと、ネガティブな言葉より、ポジティブな言葉の方が物事を前向きに動かす力があると信じている、ということです。

 

普段何の気なしに使う言葉の、発する言葉のひとつひとつが思考ひいては行動に影響するのではないか、と思って生きています。

 

冒頭の写真は、私が最近応援すると決めた日本のバスケのチームのホームゲームでの一枚です。今年9月から完全にプロ化された、Bリーグ2部、東京エクセレンスというチームです。私が初めて観戦に行ったのは、リードしていたものの試合終了直前に逆転された敗戦でした。

 

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また、私は他の記事でも書いている通り、Kevin Loveという1人のNBA選手を長く応援しています。彼は昨シーズン、自身の所属するクリーブランド・キャバリアーズが初優勝したメンバーの一員です。彼にとっても、初優勝でした。

 

スポーツ観戦は、私の長年の趣味です。スポーツの種類を問わず、誰かを、何処かのチームを幼い頃から応援するのがとても好きです。

 

ケビンラブという選手を応援して、気づけば6年目になりました。彼自体の成績が良くとも、チームでは20勝にすら届かない時代、オリンピックで金メダルを得てもシーズンでは怪我が多く殆ど出場が叶わなかった時代、壮絶なダイエットを経てチームやメンバーと摩擦があり思うような結果が残せない時代、チームを移籍しバランスに苦心する時代、噛み合ったと思っていた矢先に不慮の怪我で戦線離脱を余儀なくされた時代を経ての、初優勝でした。

 

色々な出来事があり、私自身も就職から結婚や出産を経て、再就職し…色々な出来事がありました。が、いつ何時も、応援することを辞めようと思った日は片時もありません。

 

応援すること、というのは、一見、私自身の人生には何の関係もないことのように思えます。勝つのも、負けるのも、苦しむのも努力するのも、私自身は何もしていません。ただ観戦し、一喜一憂するのみ。

 

それでも私は、自身の結婚や出産や、自分の人生の出来事のひとつひとつと同じくらい、応援して一喜一憂することは心を大きく動かされるものです。

 

Twitterというツールができて、応援する人が世界のどこかにいることが判る時代になりました。日々滝のように流れていくタイムラインの中で、絶え間無く世界中のどこかで誰かが、応援し、その切れ端のひとつとして呟きを残していきます。

 

日々の余った隙間でそれを読むことで思うのは、応援すること、とは一体何なのか、という疑問です。

 

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スポーツは結果が出ます。勝敗がつき、順位が出ます。彼らは、チームは、勝つために、全てに勝つためにその競技をしています。それを仕事にしています。

 

その過程に、私達…私は寄り添っているだけです。勝手に寄り添わせてもらってるだけ、です。過程においての彼らの喜びや苦しみをまるで自分のことのように享受して、勝手に心を揺り動かされています。

 

有難いことだな、と思います。スポーツには、喜びを分け与えられる力があり、選手にはそれをただ見ているだけの私に分けてくれる素晴らしい力があります。全ての選手にそれがあると私は思います。

 

負ければ苦しく、チームが不穏なら私も不安になります。心を引き裂かれるようにもなるし、好き以外の全てに呪詛を吐きたくなる日もあります。

 

けれども応援し続けて、 最後に心に残るのは彼らから与えてもらった素晴らしい出来事です。勝った喜びだけでなく、敗戦の中での諦めないプレー、もしくはただ必死に走る姿であったりもします。

 

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彼らから与えてもらった思い出は、私の人生の中に入り込んでいます。好きになって思うのは、いつまでも、いちファンのひとりであり続けたい、ということです。与えてもらってばかりで何ひとつ返せるものはないけれど、せめて、彼らの望みが叶うように、祈り続けていたいのです。

 

私は言霊を信じています。発する言葉には力があると信じています。その力は、物理的な距離や、経過した年数は関係ない、と思って生きています。

 

ひとつでも多く勝ちますように。

素晴らしい喜びが彼らやチームに訪れますように。

 

 

Bruin Walk

お久しぶりです。ゆりあです。

 

ラブの書いたこちらの記事 http://www.theplayerstribune.com/kevin-love-ucla-basketball/ を読みました。人柄と考え方と文章にとても心を打たれたので、英語は苦手なので稚拙ですが、訳に挑戦しました。

 

※BruinsはUCLAバスケットボールの愛称です。

※ジョン・ウッデンは生涯勝率8割を越える、UCLAならびにカレッジバスケットボールの名将。現代バスケットボールの礎を築いた知将です。

※ケビン・ラブは2007年UCLAに入学、マーチマッドネスと呼ばれるNCAAチャンピオントーナメントでは、デリック・ローズ率いるメンフィス大に破れ、ベスト4に終わっています。

 

 

Bruin Walk

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フロントポーチに溢れた手紙の山、それが、僕がジョン・ウッデンの家で最初に目にしたものだった。それは見逃すわけはなかったよ。
よくある家のポストなんかなくて、誰かが全ての手紙が入りきるようにフロントポーチに大きな穴を掘って、フェンスで囲っていたんだ。

手紙や小包はそこらじゅうにあった。
僕はロックスターとこれから話をするんだ---大量のファンレターからそれが察せられた。
ジョン・ウッデンは僕が大きくなるまでのロックスターだった。カレッジバスケットボールの神様。全てのスポーツの中で最多勝のコーチ。スポーツの方法論を実用的に発明した人。

 

僕は初めてカリフォルニアに、コーチウッデンを訪ねた。僕はコーチがその逸話にふさわしいレジェンドな暮らしをしていることを期待していた。 それはたぶん、フルサイズのバスケコートにカリームアブドゥルジャバーの銅像に、オリンピック級のプールのある家…そうに決まってるよね?

 

 だけど、家は僕が想像してたようなものじゃなかった。コートも、プールも、銅像も、ない。現実だと思えなかったよ。ベットが1つの普通の住宅街の家でさ--- そう遠くないところにコーチウッデン行きつけのダイナーがあって、彼は毎朝そこに行ってコーヒーを飲んで近所の人と談笑してるんだって。

コーチウッデンは僕の家族と僕を玄関で感激してくれた。まず最初にコーチに聞いたのは、手紙の山のことだった。


「全ての手紙を読んでいるのですか?」

僕は尋ねた。

「そういうことになるね」

コーチはそう言って、笑った。

「でも宿題を溜め込んじゃってね」

 

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通してもらったコーチウッデンの居間はすごかったよ。そこらじゅうに物があった。 別に散らかっているわけではなかったけれど、床はちょっとしか見えなかったし、壁は様々な彼の人生をあらわすもので埋め尽くされていた。UCLAのユニフォーム、カリームアブドゥルジャバーとビルウォルトン、あと数々のBruinsの素晴らしい選手の写真、ボブルヘッド人形、細々したもの、Wheaties(有名アスリートがパッケージに載るシリアル)の箱、アメリカ国旗、トロフィーと積まれたビデオテープ、額に入った先立たれた妻のネルの写真、そして家族達。

 

あとは本、沢山の、ほんとに沢山の本。 本棚に入りきらなかった本は、床に積まれていた。

そこから一冊、コーチは本を取り出した。それは「Civil War(南北戦争)」だった。


「きみは歴史は好きかい?」

コーチが僕に問うた。

 

歴史は好きな科目の1つだと答えた。 コーチはリンカーンの演説の一節を読誦しだした---全てを覚えていたわけではなかったけれど、いくつかの部分を。 僕はじっと見つめることしか出来なかったよ。

コーチはバスケについてや、コーチ自身について話すのを好まなかった。そして、コーチは僕の性格や、友人達、家族、そしてスポーツ以外で興味のあることを知りたがった。コーチは僕に100ほどの質問をしてきた。僕は良い答えをしようと全力を尽くしたよ。 高校で素晴らしいキャリアを残しNBAに行こうとする野心から外れて、話したのは故郷オレゴンのレイクオズヴィーゴの、小さな湖で取れた大きな魚のことだった。 その日、僕は小さくなった気分だった。僕がコーチウッデンの敬意が得られたのか、すごく気になったよ。

 

コーチはとても鋭く聡明だ。コーチウッデンは当時既に90歳代だったものの、そのウイットと知性で彼の周辺には未だに人が絶えなかった。

ここに良い例がある。来訪した時、居間で僕の妹と僕はコーチの向かいに座っていた。僕の妹はとてもシャイで、来てから一言も喋らなかった。でも僕がコーチと話す数分毎に、コーチウッデンは話を止めて僕の妹の方を見た。


「で、何を言ったっけ?」彼は言い、

妹が質問をしたふりをしてくれた。
やっぱり、妹は一言も喋らなかったけどね。

そうして、コーチはにっこりしてから、僕との会話を続けた。

コーチは皆が会話に参加してるのを好むんだなと思ったよ。コーチが質問してきたみたいに、今やれって言われたら、同じようにできるかい?

 

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最初に大学で会ったチームメイトは、ラッセルウエストブルック。僕は校内を歩いていたんだ。高校から出てすごく新鮮な気持ちで、新しい髪型で意気揚々としながら(前まではママが切ってくれてたからね)。僕はバスケならよく知ってたけど…他のことは世間知らずだったんだ。ラスはその時もう2年生で、バッチリキマってて自信ありげで…ルーフ越しにこう言ってきた。


「Hey man」
「そのバックパックどこで手に入れたんだよ?」

 

周囲の人は足を止めて、ラスが僕に声をかけたのを聞いてた。ラスはその頃から群衆を惹きつけるんだ。彼のニカっと笑うあの笑顔でね。 僕はリュックが褒められてないなぁと分かったんだけど。

 
何か言い返す前に、ラスが続けたんだ。

「Damn, how big are those Jordans?」

ああ、ラスは僕を試してるんだなって思ったよ。その時僕は彼のことが大好きになるって確信したんだ。

 

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ラスと僕はロードでのホテルで最後までルームメイトだった。 僕らは、同じ目的で高校からここに来てたから、打ち解けるのに時間はかからなかったね。僕らはホテルの部屋でゴロゴロしてるとき、いつもNBAに入ったときのことを話してたんだ。

時々、ラスはすごく頑固なルームメイトだった。僕たちはすぐ競い合ったから、しょっちゅう対抗してたよ。それがテレビゲームでもね。 僕らは「13」(大富豪のようなカードゲーム)もやったし(僕はあれは僕が1点勝ってるって今でも思ってるよ)、どっちが早くジムに着くかとか(どうにかしてラスは僕より早く着こうとするんだよ)、 リフティングも、ビデオ研究も、シューティングも全部そうさ。

僕らは部屋の設定温度でさえ揉めたんだ。

ねえみんなは「ラリーのミッドライフ★クライシス」(アメリカで人気のコメディ番組)でラリーがサーモスタットを調整しまくる回を見たことある?それはまるで僕とラスさ。

 
「74℉(約23.3℃)まで」ラスは言う。

僕は涼しくするのが好きなんだ。68℉(約20℃)くらいが、完璧。

夜にラスはベットから飛び上がって設定温度を上げて---その5分後に僕が設定温度を下げる。一度交渉してみたんだよね--- 「じゃあ71℉(約21℃)ってことにしない?」


「73℉(約23℃)」
ラスの返事。
「これ以上の妥協はない」


こんなのあり?ほんっと頑固!

しばらくすると、ラスの違った一面も見ることが出来た。ニーナという名前の女の子のことを初めて話してくれた。彼女はUCLAの女子バスケットボールの選手だった。ラスは彼女のことをたくさんたくさん話してくれた。

昨夏、僕はラスとニーナの結婚式に参列した。それはBruinsにとってほんとにおめでたいことだよ。何年経っても、僕らはファミリーのようなものなんだ。

 

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17歳でウエストウッドのコーチを訪ねた時、著書(「Wooden: A Lifetime of Observations and Reflections On and Off the Court」)を頂いた。僕はそれに一度目を通して、あとは高校のバックパックの底にしまいっぱなしだった。

まだ、どの大学に入るか決めていなかった。ノースカロライナに、僕はかなり興味があった。地元オレゴンから、シャーロットのチャペルヒルまで向かう時のことを覚えてるよ。フライトの間に、コーチの本を取り出してもう一度読んでみたんだ。 そして子供の頃から長年の夢だったロイウイリアムズに会って、マイケルジョーダンを有名にしたキャンパスを訪れた。

でも着陸する前に、僕の心は決まっていたんだ。

 

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今までの人生の中で、UCLAで過ごしたあの一年間が最良のひとつであったと記憶している。それはあっという間に過ぎ去ってしまったけれど、コートでたくさんの素晴らしい思い出があったんだ。対カリフォルニア大での、ジョシュのあり得ないようなショット。NCAAトーナメント二回戦、対テキサスA&M大で逆転勝利に導いた、ダレンコリソンのヒロイックな活躍。カンザスシティの対メリーランド大での、リックリチャードバーアムーテのスリーポイントウィナー。ファイナルフォーでの、強敵メンフィス大に対してラスの本当に勇敢なパフォーマンス。

僕たちはNCAAチャンピオンになりたかったが、勝つことは出来なかったけれど、僕らにとって何よりも有意義だったのは僕らが創り出した関係性だった。僕らはチームであり、ファミリーだった。一人ひとりがチームに唯一無二の存在であり、僕らは20年の中でドンピシャで同じ時代に、出逢うことが出来たのだ。

 

 

UCLAは常に僕の故郷だ。だから、僕は僕が受け取った自分の全ての恩返しをするため、ギブバックすることを決めました。ケビンラブのバスケットボールのキャリアを形づくった場所に、ただギブバックをするだけという意味なのです。 だから今年僕はMo Ostin バスケットボールセンターの建替に寄付をして---特に新しい強力なコンディショニングセンターが、The Kevin Love Strength and Conditioning Centerと名付けられることにとてもエキサイティングしています。

 

僕はいつの日かUCLAで子供達にも何か手助けしたい。 僕が見出してもらったように、僕も誰かの才能を見つけ出したい、なんてそれはスペシャルなことなんだろうか。

 

 

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「戦えるヤツ」

プレイオフですね。連日盛り上がる悲喜交々のタイムラインが私をわくわくさせます。

昼間、フォロワーさんのツイートを拝読しました。
本当にその一文に尽きる、と思います。

レギュラーシーズンの活躍から、またはその選手から抱く印象……を、そのままもしくはそれ以上に魅せてくれる選手もいれば、残念ながら裏切る選手もいれば、また逆の嬉しい意味で裏切ってくれる選手もいます。

レギュラーシーズンとプレイオフは似て非なるもの。もちろん82試合という長い長いシーズンを乗り越えた選手には一定の敬意を。何位であれ辿り着いたチームには尊敬を禁じ得ません。

気になるのはもちろん、最愛の選手が「戦えるヤツ」であるかどうか。ケビンラブはプレイオフプレイオフらしく、戦って戦い続け戦い抜くことができるかということです。というかそれにしか関心はほぼ無いとも言う、ね。

スタッツ上では、戦えている現在、と言えるかもしれません。

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こんな感じ。
Kevin Love's stat line 
through 3 playoff games(2015-16RS)
21.3 PPG(16.0)
11.7 RPG(9.9)
47.8 FG%(41.9)
詳しいスタッツ語りはTwitter的には女性は担当外のようだし、その筋の方にお任せ致します(笑)。ただ、スタッツだけでは測りきれないのがバスケットでありスポーツであるということはいくら贔屓目の私でも忘れてはいません。

プレイオフは長いようで短い、4戦先勝勝負です。幸いにもケビンラブ所属するキャブズはレギュラーシーズンの順位でホームコートアドバンテージを得てはいますが、1つ負けることは先々の戦いにおいて非常にリスクを伴います。レギュラーシーズンでの決定順位が何位であろうと、ひとたび油断すれば勝利を手繰り寄せることのできるチームばかり。ましてやバスケットは大量に点の入るスポーツですから、どの組み合わせであろうと下位が上位を食うアップセットは起こり得るものです。

ケビンラブはキャブズの主力選手の1人です。そうでなければならず、そうあるためにトレードを経て今現在のチームにいます。ロスター内の一選手という位置付けだけではありません。何が言いたいかというと、気を抜いたプレーは決してできないということ、ラブの油断はチームにおいて重大な瑕疵であり、常に戦えるヤツであることを義務付けられていると言えるということです。

さてここでもう一度私は私が見たケビンラブはその「ヤツ」なのかということを自分に問いかけます。彼は戦えているか。

答えは簡単ではありません。厳しい目を持つタイムラインの皆さんは否と即答するかもしれません。また、私もいつものテンションで「可愛いから」と全てを肯定することもやろうと思えば出来ます。期待と信頼のみで前向きな答えも出せます。

3試合見た限りでは、ケビンラブは「まだ」です。まだ、足りません。気持ちも伝わります。数値的な結果もそれなりに出てはいます。でも、まだ、足りません。

プレイオフデトロイト3戦目、ラブはシュートを迷った場面がありました。膠着気味の展開の中で、思うように得点を重ねていけなかった時間帯です。その時間帯のタイムラインでは何人かがその迷いに気がつきました。

ラブは心に弱気の虫を飼っています。もちろんそれは人間はほぼ誰しも嫌でも飼っているものですが、良くも悪くも素直な性格のラブはNBAでスターターを張っている選手の中では非常に分かりやすくそれが垣間見える選手です。

レギュラーシーズン中はそれが何度も顔を出しました。NBA入りする頃、いやもっとその前から、もしかしたらバスケットを習い始めた頃に立ち返っても初めてかもしれない、ラブにとってはディフェンス力を要求されたほぼ初めてのシーズン、心を何度も折られるそのプレーの不味さに引っ張られ、オフェンス力までもが消えてしまうこともありました。

ここまで書くと語弊があるかもしれませんが、弱気の虫はこのシーズンで培われたわけではありません。UCLA時代は見た限りではその片鱗はほぼ見えません。

勘のいい方は私の言いたいことが予測がつくと思います。弱気の虫は前所属チームで育ちました。これはずっと私が思っていたことです。柵が怖く覚悟が足りず書けなかったことですが、言いたくなりました。

長いミネソタでの、ウルヴスでのクソみたいな6年間でそれはそれなりに育ちやがりました。

クソもクソです。153勝-323敗。これがラブがミネソタティンバーウルヴスにいた6年間の戦績です。スターターでないルーキーシーズンがあり、ロックアウトの年があり、また怪我がありほぼ出場していない5年目などもありますが、これが所属していたチームの戦績であることは事実です。

キャブズ…クリーブランドキャバリアーズでは2年目になりました。戦績は110勝-54敗。来年もそれなりに戦えば以前の勝利数を抜く計算までもが成り立ちます。

ああ、とても腹立つ言い方。でもまあ、ここまで来たならそっ閉じしないで。ね。もう少しだから。

言いたいことは色々ありますね。一概に簡単に言うなと思いますよね。だってゴリラいるし、とか。でもクソみたいに勝てなくてクソみたいに弱いチームにいたのです。いたんですよ。どんなにリバウンドが素晴らしくてもね。

思えば本当に。新人王は逃し、出ても負け、リバウンド王になっても、30-30を達成しても、プレイオフは夢のまた夢、頻繁なトレード、自身の怪我、チームメイトの怪我、怪我、怪我…思わず溢れる愚痴に群がる記者達。

これをクソと言わないで何と言う。 

そう。ドラフト5位と期待され、寒い街の温かい人々に歓迎され、どんなに負けてもアリーナに足を運んでくれる方がいて。ただひたすらに点を獲る事を望んでもらえ、ダブルダブルの記録に歓喜の声が上がり。

本当にクソみたいな日々、憧れのマクヘイルの指揮を学び、アルジェファの背中を追い、若きラテンのスタープレーヤーだったルビオが来て、友となるペックとインサイドを支配し、キリレンコと共に、ビーズリーと共に、アリーザと共に、バレアと共にプレーした、あの日々。

勝率五割を、プレイオフへの出場権を、誰よりも夢見ていたあの日々、ずっと此処で、此処にいてのし上がって、いつまでもいつまでもフランチャイズプレーヤーとして、ミネソタの選手でいると信じて疑わなかったあの日々。

今でこそワイン&ゴールドの権化のような顔をしてTwitterをしている私ですが、以前はもちろん森の奥の狼さん達のひたすらの無事を祈り続けていたのです。私のBIG3がルビオ、ラブ、ペコビッチだった日々は決して消えることなくそれは確かにあったのです。

このクソみたいに幸せな、けれども勝てなかった日々は、ラブの心にいつまでもいつまでも残っています。

ここで勝てないのか、という経験をラブはし過ぎました。それはもう麻痺するほどに。もがき苦しみ、もちろん素晴らしいこともたくさん、たくさんたくさんあったのだけれど、結果として負けたことは彼に勝ち癖を残していません。

私はタンク的に上位ルーキーが何年も負け続ける環境はあまり好みません。大した記憶力はないのですが、ババアになって思うのは、ああ、この選手いい選手だったけど勝ちに恵まれなかったよね、という選手がたくさんいる一方で、それよりもどんな理由であれトップになった選手が評価されていくのを嫌というほど見てきました。

もちろんフランチャイズプレーヤーとして優勝し、引退していくのは素晴らしいことで、それは夢です。しかし、ラブは多分理解しています。自分がマイケルジョーダンでも、コービーブライアントでも無いことを。

それを味わった6年間なのかもしれません。愛着のあるチーム、慣れ親しんだ場所、居心地の良いスタイル、本来の食事習慣、サイズ不足ながらフィジカル的に対抗できた体重、それらの多大な犠牲を払って、彼は明日もまた、プレイオフのコートに立つでしょう。

負け続けた日々のことを決して忘れてはいないでしょう。不甲斐ない自分のことも、不用意な発言も覚えているでしょう。そして同時に、あれほど愛され慕われ、信じてもらえた街のことを決して忘れてはいないでしょう。

また勝てない、負け続けた記憶は、既に思い出になったはずなのです。クソみたいに最低で幸せで最高だった日々は、苦くて甘酸っぱい思い出になったはずなのです。

ラブは真摯で勤勉です。自暴自棄になることのないプレーヤーでいるはずです。今までにあったことの全てが無駄でなく、糧にして成長していくことのできる選手です。何もかも飲み込んで、包容して、育っていけるはずです。私はラブのそういう部分に何より惹かれているのです。

これからも、時折、弱気の虫は出てきそうになるのだと思います。その時は抑えつけず、そして殺すことなく、孵してほしいのです。もう少し、です。あと少し。

「戦えるヤツ」だと、確信したとき、迷いも思い出も、美しい蝶になります。その瞬間を見守るために、今日も生きます。

昨年、不本意な形でプレイオフの舞台から去ることになったあの凄惨な出来事から、今日でちょうど一年が過ぎました。嫌な記憶しか無かった3戦目は、無事勝利で終えました。





***
Mayuさん、ツイートの掲載許可をありがとうございました。書くきっかけをくださり感謝します。



#UnfinishedBusiness

夜、家族が寝静まったあと、そっと勝手口から庭に出る。愛用のポーチを持って、煙草に火を点ける。

終電の近づいた遠くの高架の電車の音が、疎らに響く。マンションの常夜灯と、近くのバーレストランと、私の煙草の火だけが灯る。

見上げると月が輝く。

毎日できるわけではないが、貴重な時間、やはり考えるのは好きなこと。日常のゴタゴタは食器洗いが終われば、それももう終わり。

以前、
を書かせていただいた。

想いはいつだって変わらず、むしろ日々、ゆっくりと深く、少しずつ長くなる。有難い事に。


ケビンラブと私に、何も通ずるものはない。勝手な恋慕で、勝手な追跡で、勝手な執着で、勝手な信頼で、勝手な夢想で、全て私の自分勝手な欲望である。

題は彼の今季のスローガンで、毎日片時も多分忘れることなく、努力と研鑽と気の遠くなるような、

気の遠くなるような練習を積んで、2回目の夢の舞台に立っている。

もう夢ではないだろう。サイドラインに立った昨年の震えるような気持ちとはまた別の何かを胸に抱いて、彼はコートに立っている。

当然だと思うほど傲慢でもなく、必然だと思うほど余裕のある彼ではない。ただひたすらに、高揚する気持ちを闘志に変えて、怯むことなく驕ることなく、自分にできる全てを出し切ろうと、

走り、

叫び、

守り、

バスケットにボールを、

入れていく。

彼が信じ、慕った仲間とひとつになろうとし、誰よりも多く、誰よりも強く、誰よりも勝ちに飢え、闘っている。

私は視界が何度も何度もぼやけてしまったが、何度も何度も堪えた。挙動のひとつひとつが、ピボットフットの一歩さえ、今日その日の決意が滲み出ていて、胸が鷲掴みにされるように、苦しかった。

それはとても大切で、とても愛おしくて、びっくりするほど甘美な苦しみで、彼の力がつまっていて、堪らない時間だ。

彼の全てがこれからに詰まっている。持ち得る全てを見ることができる。

なんて幸せなんだろう。

やっぱり好きだと何度も何度も、好きになったあの日よりも、ずっとずっと思わせてくれる。

ただひたすら好きでいさせてくれる彼の指先が、駆ける足音が、何処かを見据える瞳の光がもっともっと輝きますように。



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Cavs 2015-16RS、あくまで私観。

たまには真面目に、ケビンラブの所属するバスケットボールチーム、NBA2015-16シーズンイースタンカンファレンス一位、セントラルディビジョン一位のクリーブランド・キャバリアーズについて書いとく?

オハイオ州クリーブランドにあるキャバリアーズことキャブズ。野球も微妙、アメフトは激弱、アイスホッケーは下位リーグと、アメリカ四大スポーツではバスケのみが希望の星の地区。

クリーブランドはアメリカの五大湖エリー湖畔にある、寒くて主だった観光地のさしてない田舎のようです。有名なのはクリーブランド交響楽団。あとは公園と美術館と動物園と水族館があるみたい。あ、水族館にはミネソタからケビンラブと共に連れてきた蛸のK-Loveが大蛸に育っているらしい。
これ去年のだけど、今も元気に生きてるのかな。

あ、蛸のYouTubeなんか貼ってる場合じゃないや。今季のキャブズ振り返りは、utagawaさんのこちら http://blog.goo.ne.jp/utgw73/e/6e2932f006ee168ef15b9808d327bfae がほぼ完璧なので、私から試合場面や更迭等々の細かい動きは割愛します。

まあ思うに、レギュラーシーズン、全般的に舐めプしすぎだよね。君たち。

不十分なメンバーでファイナルにそこそこ闘えてしまった(それはひとえにレブロンのPOモード全開ゴリラ力の賜物だったわけだけれども)だけに、心の中で「キッチリやんなくても、どうにかなるっしょ」みたいなものが透けて見えまくり、レギュラーシーズンではギアを下げてるレブロンの機嫌を損ねてはヤベー!と思い微妙に頑張る、の繰り返しだったかなと思います。


まあその中でも愛するラブやんはクッソ真面目にコツコツフィットしようしようと周りに合わせる訳だけど、それに気が行き過ぎて周りの雰囲気にも合わせてしまう情けな…何でもな…可愛らしさ。可愛いだけじゃイケないんですよおおおおああでも可愛いいいと何度心の中で叫んだことか。
 

でね、この際ここでは好きなこと言いますけど、いい加減火の玉BIG3時代との比較であれダメこれダメって言うの飽きませんかね?あれはあれで素晴らしくて夢があって2度も叶ったわけで、だけどあのコンディションがもう戻ってこないのは何よりレブロン自身が知ってるしそもそも苦労してでも帰りたい場所があったことは尊重してあげようよ。


ケビンラブがクリスボッシュやパウガソルと比較されるのはさ、もう散々見飽きたし、はっきり言ってそっちになる気ないから、気に入らないんだよね。確実にディフェンス面のこと貶めるだけでしょう。そこで勝負しようなんて思ってないでしょ、大昔から。ブロックなんかもそもそもモノ消し縦2個分くらいしかラブやん飛ばないから期待されても困るわ。だからリバウンドとシュートレンジ磨いてた訳だし。まだ痩せたからドラモンドとはもう中で身体は張れないってデブ容認派に言われた方がマシよね。

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愚痴はともかく、ラブにとっては生活自体に慣れた2シーズン目、リハビリは幸いも好調に仕上がり(これはひたすらに僥倖であった)、左肩を多少気にしつつも連続した欠場も無く、スイッチで1番につかされスコスコにされつつも競技人生初のドライブを磨き、キャッチからのスリーもセンタープレイからの相変わらずのフックもやり、スモールラインナップとモズゴフの不調のせいで大学以来の5番のセットもやり、コネまくるアービングには何度も何度も永遠にPopのこないP&Pを仕掛け続けほぼ板になり、アービングがいない時期はレブロンに気を遣いつつアシストも多めにやる。これだけやってもやれ三番手が不満そうだの(誰がいつ言った、私が調べ上げてないのにてめえはどっからのソースだ)、レブロンと仲が悪いだの、信頼関係がどうだの、まあ今年も色々言われ放題。でもオトナになったなと思ったのは、ラブやん失言めっちゃ少なかった!偉い偉い。


八面六臂ですよほんと。よく頑張ったと思います。インサイドで面取ってセンタープレイしはじめたらみんな休憩時間にしてダブルチームで見殺しによく耐えました。私ならロッカールームでアービング殴ってるよね。ジョグすんな。


BIG3は誰かだけが自由にやると、そのしわ寄せはだいたい地味な子にいくシステムですね。今年は完全にアービングの好き勝手に歳上の2人が振り回されるシーズンでした。レブロンさえイライラさせながら振り回すんだから大物過ぎるよアービング。てめえもっとラブにパス寄越せよ、コネられるか考えてからじゃ遅いっつーの。1タイミング前のラブのポジション完璧だったっつーの。あっ本音出ちゃった。


それでも良く当面の目標だった全て一位で抜けたと思うよ。ゴリラ様々だよねほんと。あと、トリトン。夏にあれだけやきもきさせたけど、契約して一番良かったのは君です。ここが壊れたらダメだし、トリトンがPOのラッキーボーイになれればてっぺん獲れるぞ。370試合連続出場とか凄すぎない?


あと私的に感謝したいのはJR。一見正反対のラブとシーズン全般を通して仲良くしてくれてありがとう。変にナイーブたんだから、JRのマイペースなゆるく明るい感じと、シューターとしての精密さと、センスと嗅覚の鋭いここぞのプレーにきっとラブは励まされたと思うのです。ディフェンスも下手なりに頑張ってるしね。POはシュートの大波が来て欲しいな。


基本、キャブズはキッチリ辛抱強く守り続けるチーム作りは不可能だと思ったので、そうだな、1試合に2回、出来れば8分ずつくらい、どんな勢いもぶっ潰せる圧倒的なオフェンス力をもってしてねじ伏せ(て、逃げ切)るような突貫型の今シーズンなのかな、と思いました。


さあプレイオフ。つまんないところでコケてられません。東は全部スイープして備えような。おばちゃんとの約束だよ。アービング


あと一つだけ残念なのは、開幕最高の状態で仕上がっていた巻き毛エンジェルが、ハロウィンでコスプレしたり伸びすぎてフワフワしたり取材で髭剃られたりと迷走した挙句、PO直前の今は前みたいな短髪になっちゃったことだけです…あー…私の巻き毛エンジェル……


#Mambaday

私の中のKobeという選手は、尖らせた口元、生意気な髪型、太く派手なスウェット、時折見せる不敵な笑み、人のものとは思えぬ眼光を持つ、19歳の若僧だった。

高卒でNBAに入る、将来を嘱望されたその頃に、私も丁度、希望した学校に入学した時期である。

その頃の試合は、私が大学生活でいっぱいいっぱいだったが、彼の期待はここ極東までは何とか伝わる時代だった。

若かりし彼の活躍を時折耳にしつつ、いつしかすっかりNBAのことは忘れていた。

やがて再び私が興味を持ち始めた頃も、彼はビジュアルと背に背負う数字を変えながらもそのまま、あのときの不敵で気に入らないまま、バスケをしていた。

私が卒業し、就職し、結婚し、出産している間に彼は勝利を手にし、頂点に立ち、怪我を負いながらもなお、あの眼光のままバスケを続けていた。そうか、バスケが好きなんだな、とても、と漠然と思ったのを覚えている。

彼のプレーにさほど感慨はないはずだ。ただ同じ歳だというくらいしか私には共通点はなく、私が愛したチームの一員でもない。それでも、ここに何かを書き残そうかなという気持ちにはさせられている。

今日は彼が最も愛し愛されたものから永遠に離れる日だ。別れを決めた顔は何とも穏やかで落ち着いていて…

似合わない。

嫌だ、と思う。タイプのプレーヤーとは言えずとも、私はどちらかと言えば好きだった。挫けることのない連続した継続したモチベーションの維持に畏怖を感じたし、いつでも殺してやると言わんばかりの残酷さは私の中に、ある種の禁忌的な歓喜を呼び起こしていた。

だから穏やかに笑う彼など、見たくなかった。私の最愛の選手と、柔らかい顔で抱きあう姿を見て、もう、彼はこの場から降りることを選んだのだなとひしひしと感じた。

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彼を憎いと嫌いだと公言しても憚ることなく、誰にでも納得される選手は、再び現れるのだろうか。あれほど憎みながらも堪らない嫌悪の中でも、その一挙一動に魅了させられ、震えるような慟哭を呼び覚ます選手と、私は死ぬまでに出会うことはあるのだろうか。

ああ、例えようもない。

寂しい日だ。